最近色々ありまして・・・。精神的にもちょっと疲れ気味です。夜、一人でビールを飲んでいると、ふと子供時代のことを思い出しました。
小学生のときに何がきっかけか忘れましたが、親父が仙台の青葉城に連れて行ってくれたことを思い出しました。
歴史が好きな方はいわずと知れた城でしょうが、青葉城というと戦国大名、伊達政宗の居城として知られているお城です。
連れて行ってもらった当時は(25年ぐらいまえかな・・・?)まさしく青葉城の名の通り、木々が生い茂り、緑豊かなところでした。その木々の中からいきなり櫓や石垣が現れ、当時の私はお侍の皆さんは毎日こんなところを通勤(?)していたのかとビックリしたものです。
こんな山の上にこんな立派な石垣が積まれているので、会津の鶴ヶ城のようなさぞや立派な天守閣があるのかなと子供ながらに想像していた私ですが、なんと登ってみると天守閣がなく拍子抜けしました。
親父に何でか聞いてみると、「この城は徳川家康が天下を統一して平和になってから建てられた城だから天守閣は必要なかったのさ」という返事。だったら、わざわざ山の上に城を作る必要はなかったのでは・・・?と聞くと「平和な時代でもいつ何が起こるかわからない世の中だったからね。家臣に山道を登らせて鍛えるために山の上に作ったのさ」という嘘か本当か分からない返事。子供の頃の私はそんな説明で納得していました。
あと覚えていることといえば資料館みたいなところに入り、一通り見学した後に仙台市内を見守る伊達政宗公の騎馬像が立派だったということ、お土産屋さんでキーホルダーを買ってもらったことぐらいかな。そのキーホルダーは政宗公の顔と一緒に遺訓の一部が彫られており、当時の私は何のことだかさっぱり分かりませんでしたが、いま思い起こすとまさしく人生そのものが刻まれているといっても過言ではない(?)内容です。
仁に過ぐれば弱くなる。
義に過ぐれば固くなる。
礼に過ぐればへつらいとなる。
智に過ぐれば嘘を吐く。
信に過ぐれば損をする。
後でわかったことですが、この言葉は政宗公の遺訓なのだそうです。
私が買ってもらったキーホルダーにはここまでしか書いてありませんでしたが、続きがあります。
気長く心穏やかにして、よろずに倹約を用い金銀を備ふべし。倹約の仕方は不自由なるを忍ぶにあり、この世に客に来たと思へば何の苦しみもなし。
朝夕の食事はうまからずとも褒めて食ふべし。元来客の身に成れば好き嫌ひは申されまじ。
今日行くをおくり、子孫兄弟によく挨拶して、娑婆の御暇申すがよし。
小学生だった当時の私には全く理解不能でしたが、いまになって思えば「うーん、深い」と感心します。
仁、義、礼、智、信はたぶん中国の思想家孔子の儒教に基づいた考え方でしょう。儒教では為政者は仁、義、礼、智、信の五徳を持って治めるのが良いとされています(本当かどうかは自信がありませんが・・・)当時の日本にもその思想が入ってきており、当然、当時のハイクラスの人々はそれを学んでいたのでしょう。
ただし、儒教の思想も度が過ぎるとよくない、それぞれに弱点があることに自らの経験で気づいたのでしょう。大切なのは知識に基づいたバランス感覚が必要ということなのではないでしょうか。
気長く~のくだりはまさしく現代にも通じる言葉ですね。単純なことでキレてはいけない、そして節約をして将来の大事に備えることといった意味でしょうか。将来の大事は人によってそれぞれです。現代であれば、子供の進学費用であったり、大病をしたときの備えであったりとか・・・。
また、節約をして不自由な思いをするのであれば、自分は居候させてもらっていると考えると不自由も感じないということでしょうか。うーん、確かに自分が「この世」に居候させてもらっていると考えれば、文句も出てきませんね。
次のくだりの食事のこともそうです。物があふれている現代に生きていると食べられるだけでありがたいことを忘れがちです。
最後のくだりはいまだに分かりませんが、一歩外に出ると何が起こるか分からないから(例えば外出すると事故にあうかもしれないし、自分が悪くなくても何かに巻き込まれることもあるから)常日頃から家族や身内、友人にしっかり挨拶をしておくようにといったところでしょうか。この世から自分はいついなくなるか分からないので、普段からコミュニケーションをとっておきなさいよ、ということでしょうか。
私達よりも何百年も前に生まれて生きた人の言葉が現代にも通じるとは大きな驚きです。
私達の世の中は昔の人達が必死に努力し、作り上げてきたことでなりたっています。
もちろん、過去ばかりに目を向けろというつもりはありませんが、現代文明にあぐらをかいてもっとも過去から学んでいないのが現代人なのではないでしょうか?(それに気づき、過去を見つめなおして新しい道を探っている人も大勢いると思いますが・・・)
中学、高校の歴史の授業は覚えるだけのつまらないものでしたが、年表や時代の移り変わりを学ぶだけでなく、過去の偉人達にスポットを当ててさまざまな人の成功体験、失敗体験を学んだ方が今後の人生を生きていくための糧となるような気がしました。
そういうことを子供達に教えていくのが家庭の役割なのかもしれませんね。
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